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札幌高等裁判所 昭和48年(く)4号 決定

被告人 平沼忠治

決  定

(被告人氏名略)

右の者に対する傷害致死被告事件について、昭和四八年二月三日旭川地方裁判所がなした勾留取消決定に対し、旭川地方検察庁検察官検事小清水義治から抗告の申立があつたので、当裁判所はつぎのとおり決定する。

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣旨および理由は、前記検察官提出の抗告申立書記載のとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対しつぎのように判断する。

論旨は、要するに、本決定には、(一)検察官の意見を聴くことなくなされた点に瑕疵があるうえ、(二)本件勾留を取消すべき事由はなんら存在せず、逆にこれを継続すべきものであるのに、「本件勾留を継続することは相当でない」としてこれを取消したものであり、いずれの点においても本決定は違法であるから、その取消しを免れない、というのである。

まず、検察官の意見を聴かなかつたとの点について判断するに、一件記録によれば、被告人は昭和四七年三月二二日旭川地方裁判所裁判官が同日付で発布した勾留状(罪名殺人、死体遺棄)の執行を受け、一〇日間の勾留延長ののち、同年四月一〇日傷害致死被告事件として右裁判所に起訴され、じ来所定の更新手続を経て勾留が継続されてきたところ(以下これを本件勾留という)、原裁判所は、昭和四八年二月三日、本件勾留は「これを継続することが相当でないと認める」との理由により、職権でこれを取消したが、その際検察官の意見を徴さなかつたことが明らかに認められる。

ところで、刑事訴訟法九二条によると、裁判所が職権で勾留を取消す決定をなすには、急速を要する場合を除き、検察官の意見を聴かなければならないと定められているところ、検察官の意見を徴していない原決定が、果して急速を要する場合であつたのか否かは、同決定書自体および原裁判所作成の意見書(同法四二三条二項のもの)その他一件記録を検討しても、必ずしも明白ではない。しかしながら、起訴後の勾留の理由および必要性の判断は、当該受訴裁判所の専権に属するものであり、勾留の取消も、本来裁判所が独自の判断にもとづきこれをなしうる筋合いのものであるところ、法が明文をもつてことさら検察官の意見聴取を必要とする旨定めている趣旨は、勾留取消の裁判をなすに際しては、公訴維持等の職責をもつ検察官にもその立場からの意見を述べる機会を与え、これを参考にすることが望ましいとの配慮にもとづくものであり、かつ、それに尽きると解せられるから、検察官に対する意見聴取の手続は勾留取消の裁判の本質的部分をなすものではないとみるのが相当である(法が急速を要する場合には意見聴取不要とするのはその端的なあらわれである)。従つて、原決定をなすに際し、本来検察官の意見を聴くべきであつたとしても、これを履践しなかつた手続上の不備が原決定を取消さなければならないほどの重大な瑕疵にあたるとはいえない。

つぎに本件勾留にはなんらこれを取消すべき事由は存しないから、原決定は取消されるべきであるとの点について判断するに、まず、本件勾留は、前述のとおり既に起訴後の勾留となつているから、当初の勾留手続がいわゆる別件逮捕、勾留にもとづく違法な取調べにより収集された自白調書に依存して認められた違法なものであると否とにかかわらず、一応適法な勾留と解することができる(最高裁判所昭和四二年八月三一日付、同四四年九月二七日付各決定)。従つて、本件勾留を維持するか否かは、現段階において第一次的には受訴裁判所の審判上の必要という観点から、同裁判所の専権によつて判断されるべきであることは既に前段においてもみたとおりである。

ところで、原裁判所が本件勾留につき「これを継続することが相当でない」として職権で取消した理由は、原決定の文言上必ずしも明らかではないが、少くとも、本件傷害致死被告事件における審理の状況、すなわち、検察側の立証は被告人の供述調書等の採否を残して全て終了し、これら調書等についても、いわゆる別件逮捕、勾留にもとづく違法な取調べ等により収集されたものであるとして、原決定と同日付の証拠調請求却下決定によりその証拠能力を否定されているなどの審理経過、ひいては同公訴事実に対する嫌疑の程度、刑事訴訟法六〇条一項各号に定める勾留の理由および必要性の存否等を原裁判所において総合勘案し、かつこれと併合審理されている別件暴力行為等処罰ニ関スル法律違反等被告事件について勾留することを前提としたうえで、もはや本件に関してはその勾留を継続するのが相当でないと解して本件勾留を取消したものとみうることは明らかである。そして、一件記録を精査するも、原裁判所が右の措置に出たことには合理的な理由が見出され、これがなんらかの事実の誤認に出で、または法令の解釈適用を誤つたとすべき明らかな証跡は見出しえないから、原決定には所論のような誤りはない。

以上の次第で、所論はいずれも理由がないから、刑事訴訟法四二六条一項により本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

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